札幌

大都市は苦手だ。

飲み屋街の路上演奏でメシ食ってこうなんて思ってるんだから、いい加減に慣れればいいものを。
なのに、捻じ曲がった根性がすぐにジャマをする。
しょせん九州の片田舎根性なんだが。


札幌といえば、はぐれる事の多い街だった。
小樽で知り合って居酒屋で飲み明かし、始発で一緒に眠りこけた網走のカナダ人・デイビッド(めんどくさいな)とはぐれたのも札幌なら、せっかく

「飲みに連れてってやるから」

と誘ってくれたオジ様と、ものの2分ではぐれたのも札幌だ。
しかも「今夜の稼ぎ分は保障する」と言うセリフに乗ったのに、まだ未納だった。
妙なスケベ心を起こした自分のせい、という事で渋々もとの場所に戻って唄ったけれど。


もうひとり、いたっけ。

僕はその頃、幾度目かの北海道の旅で、すでに知り合いも出来始めていた。
秋の小樽で知人を通して知り合ったのは、札幌在住のミュージシャンだった。
音楽の好みやスタイル、世代的なものもあり、彼女とはすぐに仲良くなれた気がした。
気がした、なんてまるで尾崎豊の『15の夜』だが、それは僕の、独り善がりの勘違いだったのかも知れないって事だ。

彼女との再会は、翌年、夏の岐阜だった。
美濃の山中で開かれる野外音楽イベントに誘われたのだ。
紹介してくれた女性ミュージシャン以外に知り合いは誰一人としていなかったが、初対面の人間にあつかましいほど馴れ合える僕は、彼女が呆れるほどにすぐにスタッフや出演者達と打ち解け、仲間面しては酒と音楽に酔って騒ぎ、深夜に眠った。
そして、楽しい思い出は残った。

彼女ともしばらくはメールなどで連絡は取り合っていたけれど、もっぱらお互いのHPで近況を知り合っていたと思う。
そんな折、僕は彼女の誕生日に不意打ちをくらった。
祝いの言葉を贈った僕に、彼女は

「上辺だけの祝いなんていりません」

と、冷たい返事を返してくれたのだ。
原因は、僕のHPでの言葉だった。

自分のひねくれた心に甘過ぎる僕は、時折、公の場であるウェブ上でも毒づいて言葉を並べてしまっていた。
それは今も続いてる事だけれど、その時は特に酷かった。
ふざけるように無力さを並べ、自分を卑下して他人を持ち上げたかと思えば

「・・・死にたい(笑)」

なんて、笑いにもならない日記を書いていたのだから。


笑、なんて付けてはいるが、自分では精一杯のシグナルのつもりだった。

俺は皆に心配かけないように明るくて楽しい人間を演じてるんだけど、どうか気付いてください、本当の俺は臆病で弱くって、ついでに思春期から精神疾患もあったりして、安定剤とかそういうのに頼らないとダメな時もある脆い人間なのに、勇気を振り絞ってストリートミュージシャンの真似事なんかやってて、本当はすごく頑張ってるんだよ、そりゃ誰でも大変かも知れないけど、俺だって頑張ってるんだよ・・・

彼女にしてみればそういう感じを受けたのであろう、赦しだけを求めるような、あまりにも幼稚なシグナルだった。
確かに薬剤を飲み過ぎては救急車で運ばれるような生活だったが、彼女に関係はない。
彼女にはただ、僕の冷笑的な「・・・死にたい」が、どうしても許せなかったのだ。


一方的にメールもアクセスも拒否されて、今もおそらく連絡は取れない。
当然といえば当然だろう。
彼女を優しい、甘やかしてくれる理解者と勘違いして、早朝でも深夜でも泣き言のような電話や、逆に酒で浮かれた電話をかけては迷惑になっていた事さえ、そうなるまで気付かなかったのだから。



北海道に行くのは、いつも9月頃だ。
毎年、広島の暑い暑い原爆記念日を過ごしている僕は、9月ならば丁度いいと、涼しくなり始めて心地いいだろうと、いまだに北海道に心地よさを求めて旅に出る。
あっと言う間に過ぎ去っていく北海道の秋を忘れ、ついつい上着さえ持たずに旅へ出る。
そしていつも北海道は、ついこの間まであんなに暑かった夏との遠さを思い出させてくれる。
その暑さは、もうここにはないよ、と。
これは涼しさではなく、寒さだよ、と。

十月も近い深夜のススキノで、いきなりの雨に打たれて逃げ込んだ狸小路の屋根の下。
僕は軽い震えを身体に走らせ、一度も直接には見ることの出来なかった、優しかった彼女の冷たい瞳を想像する。

あなたは、まだ北海道をナメてるの?

そんな声が、聞こえるみたいだ。

冷たい瞳で言われるなら、まだましだ。
その真っ直ぐな瞳にはぐれ続けて、僕は今年も札幌で唄うんだろう。









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