長門

苦手な路上演奏シチュエーションというものが、ある。

基本、人前で唄うのに緊張は付き物なんだけれど、中でも特に、昼間の路上演奏は苦手だ。
風貌や表情が隠せないから。


その前年、九州をひと周りした僕は、日本海に憧れた。
始点を下関に設定して東へ、そして北へと上がる旅を選んだ。
結局は途中の舞鶴から毎度の小樽へ出航してしまい、逆に函館から南下するルートへと変わったんだけど。。

昨年から九州に残しっぱなしだったろくでなしの連れと熊本で近況を語った僕は、小倉へ移動して一晩を過ごし、翌日には下関へ到着していた。
下関の駅裏にある小さな地下道は九州へ渡るたびに何度も唄わせてもらっていたので、そこまでの緊張もなく演奏を終えた。下関の心温まるエピソードや苦い経験は、また次に話そう。


なんにしても、山口県は瀬戸内側しか詳しくなかった僕(それでも大して知ってる訳じゃない)。
『日本海』という、オーソドックスな旅の憧れではあるけれど、その漠然としたイメージに惑い、下関から後の移動地はまったく決めていなかった。
要は、地名が浮かばないのだ。
よって 『駅の路線図を見てなんとなく決める』 という方法に頼った。それが、長門だった。
余談だけれど、この適当な目的地の決定方法は、この時に確立されて以来、今に続くものだ。


下関には近場にネットカフェもなさそうで、小倉に戻るのも癪だ。それにせっかく昼間に稼いだ手持ちをあまり減らしたくなかったため、電話帳で探した『幡生(はたぶ)』という、申し訳ないが聞いたこともない地名のネットカフェを選んで夜を越す事にした。下関から一駅だった。たった一駅でも、逆方向に進むよりはいい。

見も知らぬ町で一晩を過ごし、また翌日、見も知らぬ町へと電車で向かう旅唄い。
なんとまあ、金さえあれば優雅な事だ。
ただし昨夜のネットカフェと移動費の3000円ほどを出費しただけで無一文に近い僕は優雅じゃないので、真っ先に長門市駅付近で唄う場所を考えなければならない。


それにしても長門市・・・。

なんてのどかで、柔らかい日差しの海の町・・・

童謡詩人・金子みすゞの生まれた町・・・


とか今でこそ言ってるが、駅前をぶらりと歩き、そこかしこに貼られているふっくらとした大人しそうなお嬢さんのポスターやら何やらを見るまで、僕はまったく気付いてなかった。
長門なんて言わず仙崎と言ってくれれば、かまぼこと共に思い出したのにな。


長門市の駅は小高い山手にあり、見下ろせば箱庭のような町の向こうには海が広がっていた。
右手を舐めるように仙崎の町が伸び、それは青海島へと繋がる。
なんだか、僕が唄うなんてためらうほどの微笑ましい町だった。
しばらく僕は、左右に広がりながらキラキラと光る紺色の海を眺めてボケーっとしていた。
どうにも夜に唄える下世話な場所もなさそうなので、ボケーッとしてる時間なんてないはずなのに。

そろそろ日の傾く気配を見せる駅前で相変わらずボケーッとしてると、純朴そうな女子中学生の群れがやってきた。
とても苦手な状況に無視を決めていると 「なんか、やるんですか~」 とはにかみながら尋ねられ、更に苦手な状況になった。
「いや・・・まあ・・・暗くなったらね」 なんて要領を得ない返事をすると、残念そうに帰って行った。

若い女の子は僕の歌など聴かないと思い込んでた僕は、つい、そんな返事しか出来なかった。
本当は、そんな事なかったのかも知れない。
せっかくだし照れずに、なんかやりゃあ良かったな・・・と遅い後悔に後押しされ、南口へ向かう連絡通路の角に座り、唄ってみた。仰々しく看板など出せなかったが、やってみた。
だけどもう、タイミングを逃したのか人っ子一人来なかった。



肩を落として南口に自販機でも探していると、15~17の男の子が二人、やってきた。
ニコニコと何か話しかけたそうにしてるが、どうにも言葉がない。
やがて、2人の小声の会話から日本人でない事を察した僕は、ケースからギターを出して、勝手に唄った。
彼らの全然知らない歌だろうけれど。

2曲唄い、男の子の一人が缶コーヒーを、もう1人が100円玉1枚と見知らぬ国のコインをくれた。
元気に走り去る彼らに手を振り、別れた。素敵な笑顔だった。


もう数曲唄ってみようと思っていると、また一人、測量作業の男性が手を休めてやってきた。
珍しいね~、と笑う男性は、尾崎豊の卒業をリクエストして一緒に唄った。

色々と話をして、次はどこに行くの? と尋ねる男性に、とりあえず北へ、と答えれば、オレンジ色に染まり始めた駅舎からは家路を急ぐ人達がまばらに出てくる。
男性は礼を言うと荷物をまとめに車へと戻った。
僕もギターをしまい、最終がなくならないうちに改札へと向かう。
男性にもらった500円で、萩に行こうと決めた。





駅前で唄うことは、本当に数少ない。
皆が、行き場を持っているからこそ出入りするこの場所で、僕だけが行き場を持たない事が寂しくなったりしてしまうから。
公園で、母親の迎えをずっと待っている子供みたいな気分だ。
ひとり、またひとりと減っていく友達に手を振り、僕が待つのは始発の電車だ。



 気になるのはいつも始発と最終だけで

 野良猫ばかりのこの道で朝を待つ



いつしか、そんな歌を作ったけれど、その晩に辿り着いた萩の町は夜の8時で真っ暗になってしまう街で、文字通りに始発を待つ事になる。






Googleマイマップ「西高東低~南高北低」
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