岐阜 その2

反省しております。
前回は、少々おふざけが過ぎた様子で。。

今回は決して寄り道の無いよう、したためていきたいと思いますので…


~岐阜・柳ケ瀬編の続き~


時刻は午後の10時を迎えようとしている、岐阜市の歓楽街・柳ケ瀬通。
旅唄い・手塚幸は、おっかなそうな飲み屋街の住人に怯えてしまい、路上演奏を始められないでいるのだった。

昔っから、唄い出す前に許可をもらおうなんざ考えると、ろくな事がない。

「ここで演奏しようと思うんですが」

と、隣のラーメン屋さんに訊ねたら、わざわざ敷地のお店のオーナーさんに話を繋いでくれたものの

「この辺は、若い人いないから…」
という理由で、やんわり断られた別府。
それから

「ここで唄ったら、迷惑ですかね?」
と低姿勢で訊ねたが

「ええ、非常に」

と冷たく断られた下関。

結局は、苦情が出たら退散するつもりで、強引に唄い出すのが最良の手段なのだ。
30歳を過ぎてるとはいえ若造に見られがちな僕。
古くからの飲み屋街で、うるさいだけの(と思われてしまう)歌をジャカジャカやられても迷惑なんだろう。
実際は、歌ってしまえば古き良き時代の(と思われるらしい)フォークソングや歌謡曲中心で、年配の方にこそ受けが良いのだが。

そう。
いつだって、唄ってしまえばどうにかなった。
柳ケ瀬通のど真ん中、とはいかないが、外れでもいいから唄ってみればいい。
大通りに向かって、車がバンバン通ってる道ならば、苦情もないだろう。
そう決意し、僕はグラスに最後のビールを注いだ。
これを飲み干したら、どこかで唄おう。

そんな苦渋の決意に満ちた僕に、ラーメン屋のオバちゃんが声をかけてくる。

「お兄さんは、音楽の方?」

僕は反射的に営業スマイルで

「ええ。あちこち回って唄ってるんですけど、今夜は柳ケ瀬で唄わせてもらおうと思って」
などと、いつもの様に分からない人には分からない受け答えをした。
しかし、オバちゃんは理解してくれた様子で

「そう…遠くからまあ…頑張ってね」

と返してくれた。
地元民の応援を受けた僕は、少し心強くなった。
唄いに出るなら、この瞬間しかない。

「ご馳走様です」

僕は荷物を手に、お勘定を頼んだ。
そしてチラチラと壁を見ながら計算済みの小銭をポケットから総動員させている、その時だ。

あれ…足りない…。

計算上の数字に、あと100円ほど足りない…
僕は急激に青ざめた。
なぜだ?
どうして足りないんだ?

するとキャリーケースの中から、双子の鬼ころしがキャッキャと笑った。
こいつらか!!!
なんと調子に乗って追加したビールの予算は、すでに鬼ころし2パックで支払い済みだったのだ。
頭の中を、言い訳がグルグルと駆け巡る。

皿洗い・・・
いや、1曲唄って・・・
ダメだ! もっとこう、身分を証明するものとか・・・


無い ・゚・(*ノД`*)・゚・。
明細を持ったオバちゃんが、にこやかに僕を見ている。
僕も笑顔のつもりだが、足が震えそうになる。
そして審判の言葉。

「はい、これね」
僕の口から謝罪の言葉が、まさに出ようとした瞬間

あれ…?
少ない…。


ビール1本分、少ない。
もしやオバちゃん、追加分のビールを計算してないのか!?
これなら足りるじゃないか。

僕の心に、マンガでよく見る悪魔が囁きかけた。

「イェーイ、ラッキー」

だが、お決まりの事で、天使も反撃に出た。

「で…でも、よくないんじゃないかなぁ…
 そりゃ、オバちゃんが悪いんだけど
 でも…よく、ないんじゃないかなあ…」


天使は頼りなかった。
頼りなかったが、なんとか勝利し、僕は恐る恐る自分の首を絞めるように問いかけた。

「あの…これ…」

皆まで言い終わる前に、オバちゃんが笑う。

「サービスしといたから、頑張ってね」


オバちゃ~~~~~~ん!! 

 
。゚:;。+゚(ノω・、)゚+。::゚。:.゚。+。

という事で、深々とお辞儀をした僕に残された道は、さっさと唄い出す事だ。
もう、呼び込みさんが恐いとか言ってられない。


時はゴールデンウイーク明け、平日の飲み屋街。
人は、少ない。
それがどうした。
柳ケ瀬通4丁目入り口の銀行前に陣取った僕は、黙々と準備に入った。
大通りでなく、少しでもアーケード内に入り込んだのは、ギリギリの意地だ。

折りたたみのギタースタンド。
譜面立て。
投げ銭入れのニット帽子。
そして、ギター。
鬼ころし1号も忘れずに。

物々しく始まった作業に、興味本位の呼び込みさんが様子を伺いに来る。
僕は愛想笑いでかわし、歌詞ばかり書き殴った譜面に集中した。
チューニングもそこそこ、静かな静かな柳ケ瀬通にギターが響き始めた。

「上手いねえ」
最初に覗きに来た呼び込みさんだった。

やった…。
それは良くある社交辞令だったかも知れないが、僕は心の底から救われた。
騒々しくてすみませんね、とは返事したものの、もう声を抑える事はしなかった。
いつもならリクエストされるまで唄わない欧陽菲菲も河島英五も、遠慮なく唄った。
まずは、今のうちに受け入れてもらえ。ベタでもなんでもいい、メジャーな歌を唄おう。

未だかつてない緊張感からなんとか解放され、僕は一度ギターを置くと、呼び込みさん達が数人たむろする店の前へ挨拶に行った。
どこから来たの? 岐阜もヒマでゴメンね~、と歓迎ムードで、クラブの社長さんからは生ビールのジョッキまで差し入れてもらった。それから最初に声をかけてくれた方にはチップまで頂いた。
案ずるより…とは言うが、まさに絵に描いたような取り越し苦労だった。

その後は、仕事で愛知から来てるという男性や、陽気なオジさんの集団やらで、度々盛り上がった柳ケ瀬。
トイレは、タクシー会社のやつを使わせてもらった柳ケ瀬。
ありがとう柳ケ瀬。

午前1時を回った終わり際、明日もいるの? と訊かれたが、残念ながら僕には北陸へ急ぐ予定があった。
しかし、必ずまた柳ケ瀬で唄わせてもらう事を心に決めた。


ラーメン屋のオバちゃんに無事に唄い終えた報告をして、アーケードにネットカフェがあった様なので歩いてみた。
ゲームセンターと100円ショップが合体したようなその店で、お決まりの身分証話にケリをつけていると、後ろから声がした。
さっき歌を聴いてくれた、名古屋から来てると言った男性だった。

「もったいない! お前、うちに来い!」
強引だった。
遠慮したものの相当に酔っ払った様子で、これはとりあえず付いて行くしかないと歩いた先はマンスリーマンションだった。

「いちばん上に、コインシャワーがあるでな。

 それで終わったら、3階の○○号室にいるから
 ピンポンして」
そう告げられ、僕は薄暗い廊下に取り残された。
なんとなく直感で分かっていたが、恐らくこれはシャワーを浴びて戻っても誰も出て来ない気がする。
その男性、寝ながら歩いてたし。

制限時間の壊れたシャワーは100円で浴び放題だったが、案の定ビンゴで、告げられた部屋のピンポンを押しても、ウンともスンとも返事はなかった。
よくある事だとあきらめ、僕はお礼のメモをドアに挟み、再び薄暗いシャワーフロアへ舞い戻った。
ちょっと湿った床を拭けば、脱衣所で丸くなって眠れる。
ギターに湿気が気になったが、どうしようもない。

泊めてやる、とマンションまで連れて行かれて待たされた挙句、1時間経っても誰も戻って来なかった事だってある。


こんな所で眠れる自分を笑いながら眠りに付き、僕は明日、高山に行ってみようかと思っていた。
そして朝方に突然ドアを開けられ

短い悲鳴と共に立ち尽くす住人と思しき女性に起こされた。
どうやら女性用だったらしい(鍵の意味なし)。
が、寝起きでも状況把握は早い旅唄い。

呆然としてる女性の横を大荷物ですり抜けると

「すんませ~ん」


と謝りながら、明け始めた岐阜の街へと出て行くのであった。
通報されなくて良かった。。。




Googleマイマップ「西高東低~南高北低」

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