福井

片町、といえば北陸・金沢市の繁華街。
だけど今回、僕が唄うのはお隣、福井市の片町
その頃ちょっとだけ賢くなった僕は、繁華街の名前だけは事前に調べていた。


人との約束が少しずつ入り始めた頃で、金沢はその次の目的地だった。
数日後にそこで、ある男と落ち合う約束だ。
僕と同じ様に旅を礎に唄い続けている男で、香川のコンテストで僕が見事に負けた男だ。
というか、僕はコンテストそのものに負けていたっけ。
コンテスト中に、投げ銭をせがんでいてはいけないという話。


片町の繁華街入り口のアーチには 『FUKUI KATAMACHI』 と書いてある。
規模と知名度でいけば金沢に及ばないという謙虚さか、はたまた決して勝てない悔しさからだろうか。
ま、おかげで目的地探しには悩まなかった街だ。
それに、僕にはちょうど良い大きさの街だ。

市内を路面電車が走る姿は、やはりどこかで落ち着くものだった。


福井へ流れてきたのは、山陰からじゃなかったかと思う。
そう書いてるうちに、そうだったと確信した。

僕にとっては馴染みの出雲、米子と唄ってるうちはまずまずの調子だった。
「まずまず」なんて書くと語弊があるな。要は自分のモチベーションだ。
そのモチベーションを最低限で保つものが収入でもあるのだが、何より兵庫県の日本海側に突入して処女地が続いたため、その都度テンションのアップダウンが激しかった。
兵庫県の豊岡で唄い出すまでに、どれだけの土地を唄わずに通り過ぎた事か。

耳覚えだけで寄ってみた香住城之崎温泉も、僕が夜通し唄うにはハードルが高かった。

声を張り上げても問題なさそうな場所が見当たらず、正真正銘の無一文で辿り着いた豊岡も、また厳しい立地だった。
その豊岡で、それでも奇跡的に3日ぶりのまとまった収入(4千円ほどだったか)が入ってテンションを上げた僕は、ようやく気分が楽になったものだ。
ただ、楽になったら次は逆にアルコールでテンションが上がってしまった。
テンションの無駄なアップダウンは、とても疲れる。そこが一人旅における、弱点のひとつかも知れない。

降り立ったJR福井駅の前は、すっきりとして見えた。
僕は初めての町を儀式の様にひと眺めして、いつものタウンページで『順化』という地名を確認した。今夜、唄う事になるはずの街だ。それから地図で、そこがさほど遠くない場所である事も確認すると、時間は十二分に残る。


まだ明るい福井の街を、僕は歩いた。
いつもそうする様に、方角だけをなんとなく見当付けて、わざと迂回しながら歩き出した。
駅から左側のうらぶれた商店街で名物のソースカツ丼の店を見つけると、後で食おうかと手持ちを確認した。
それからまた街中をひた歩くと、今度は思いの外に賑やかな通りへと抜けた。
失礼だが、北陸ではまだ金沢と富山でしか唄ってなかった僕は、この賑わいも福井まで南下したら終わっているんじゃないかと勝手に想像していたのだ。それほどに、京都から西の日本海側で食えない思いをしていた。

だから僕は、ギターケースを抱え、キャリーを転がして歩くには不似合いな雑踏の中を、足早に歩き去った。不似合いなのは荷物のせいじゃなく、僕の汚れた風貌だ。
先日、薄ら寒くなってきた9月の夜風に耐えられずに福知山で買った長袖Tシャツも、もうすでに着続けて4日目だった。10月の熊本は汗だくになったが、9月末の日本海側は陽が翳れば冷える。


秋晴れの空を、数羽の鳥が横切る。
アスファルトに塗られた白線の上で、キャリーケースの車輪がガタガタと音を立てる。
僕は、順化、という読み方も分からない町名を目指して歩く。
初めての街で唄う不安が、なのに今日は、心なしか薄れていく。
根拠はなかった。
あるとすれば、それは浮かれ気分で山陰を後にして、一度はボロボロになった事実だけだ。
小学生の男の子からもらった300円で、二日ぶりにカップラーメンを啜った時の侘しさとありがたみだけだ。珍しく一万円札でもポケットに入って、昼間っからビールでも飲んで、公園で古本でも読んでる時には決して感じない、ニュートラルな心の静けさだった。


大方の目安どおりに片町の繁華街入り口へ到達した僕は、いつもなら散策する路地裏を、今日だけは歩かなかった。
夜にならなければ、結局は分からない事だ。
時刻は、午後6時。
まだ陽は翳らず、空に蒼は生きている。

僕は、1枚残した千円札を手に確かめ、駅前へと戻った。
名物・小川のソースかつ丼と、煙草に缶ビール。
それで十分だ。
それで、今夜も唄い出せるだろう。








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※画像転載
http://cityphoto.fc2web.com/machi/18fukui/fukui/fukui.html




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