途中下車

最近は、列車旅も少なくなった。


おそらく、当てのない旅というのが少なくなってるからだと思う。


「いついつに」


「どこの街で」

という予定には、高速バスが安くて便利なのだ(※注1)四日市の即興魔人[ひ]などは、夏が巡り来る毎に青春18切符(※注2)で旅に出てるけど。

いろんな兼ね合いがあり、思惑があり、それでも列車の旅は多かった。
今だって都市圏に行けば、何かしらの電車に乗ってる訳だし。

なのに旅唄い。
列車の乗り継ぎを上手にこなすための必須アイテム『時刻表』を、未だに活用しない。
要は、持ち歩いてないのだ。
愛車にまたがり風を切るライダーならば道路地図が欠かせない様に、列車を乗り継いで移動する歌唄いには、ギターとポケットウイスキー(※注3)に時刻表というのは、三種の神器とも言えるだろう。
差し詰め、ギターが天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)なら、時刻表は八咫鏡(やたのかがみ)か。
すると、ウイスキーは八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)だな。この玉、いちばん使い道が解らんし。

普通の感覚では、列車の乗り継ぎは待ち時間が少ない方が良いのだろう。
何より、目的地に向かう列車でないと意味はなく、その先が続くと思っていたら
「○○線は、ここで終わりです」

なんて羽目には誰も遭いたくないはず。
だけど、ある時期の僕にはそれでも良かったのだ。
僕にとっての列車は、ガタゴトと揺られながら景色を眺めてるうちに、知らない街へ運んでくれる楽しい乗り物でさえあれば良かった。
行き止まりのような駅ならば、そこで唄ってみるもよし、何もなさそうならば、また戻れば良かった。

「47都道府県制覇」といった明快な目的もなく、終わりなんて見えない旅の中で、どんな駅だろうが僕にとってはすべてが途中下車地だった。


という訳で八咫鏡を持たない旅唄いは、出発駅で路線図だけを眺めると、おもむろに列車に乗り込んでいた。
おかげで乗り継ぎ駅で1~2時間も待ったりという事は、ざらにあった。
ひどい時期には200円ぐらいの切符を買っては、何も考えずに電車へ乗り込んでいた。
そういう時に気にしているのは、上りか下りだけ。
そんなだから、時には2駅で降りる羽目になり、時には眠りこけ、更には眠ってるうちに3往復ぐらいして元に戻っていたりもした(※注4)。
あえて数往復を狙っている時もあり

理由は、前日に寝る場所もなく彷徨い、疲れきった身体を癒すためだ。

それから、もうひとつ。

ガラガラの始発に座れたが、やがてラッシュが始まって身動きが取れない場合。

荷物が多い旅唄いは、なるべくならラッシュに巻き込まれたくないし、乗降時に迷惑もかけたくない。
僕が今でも路線バスに乗るのを嫌うのは、乗り降りで周囲に迷惑をかけるからなのだ。たまに勘違い野郎が大きいキャリーバッグをこれ見よがしに引きずって、4人掛けの対面席を当然の様に陣取ってる光景を見るが、ああいうのはもう、どうにかして欲しい。

ちょっと、愚痴っぽくなったな。

途中下車は、目的地へ向かうまでの道のりで、文字のごとく途中で寄り道をする事。
焦らず、のんびり、ゆっくり行けばいいよなんて、上辺だけ優しいJ-POP染みた事も言いたくないけど、その旅が、もしも急がないものならば、途中下車もいいだろう。
理由もなく降り立ったのなら、何かあるかもなんて期待しなくていい。
理由を探せたなら、それはそれで素敵。

どこで寄り道をするかは、重要じゃない。
大事な事は、向かうべき方向を見据えている事。
その心が願った寄り道なら、その心に訴えるほどの駅ならば、見知らぬ小さな駅もまた、思い出話ぐらいにはなるだろう。


ずいぶん前、三重県は四日市に向かう途中。
乗り継ぎを失敗して紛れ込んだのは閑散とした駅だったけれど、思いもかけず可愛らしいヒマワリが迎えてくれた。
それだけで、昨夜の寝不足は吹き飛んだっけ。


長い旅の中。 渋滞さえ楽しむ旅は、途中下車の気分とよく似ている。








注1: 高速バスは安さで勝るものがない代わり、とんでもない早朝に目的地で下ろされる。
行き場をなくしてはネットカフェに入り、結局は余計な出費を増やすデメリットもまたある。

注2:僕はもう18歳じゃないからダメだな、なんて思ってたのは遠い昔。
18切符を使ってみたいのは山々だけど、あれは計画性も必要になってくるため、今もまだ使っていない。
春先のヤツが、せめて3週間くらい使えると助かる。

注3:「ポケットのウイスキー空けたら もう一度雪を待とう~」で始まるのは、手塚幸の名曲『西高東低』だが
「普通の人はポケットにウイスキーなんか入れてない」という事もまた、真実。
最近、東京の旅流草一郎のスキットルを奪ったままなので、中に何を入れて返そうか思案中。

注4:山手線でそれをやると、今では規定時間オーバーにより自動改札ではじかれる。
移動目的でなく、先に書いた理由で行き場のないホームレスが延々と眠りこけたり、はたまたエッチな犯罪や鋭利な犯罪目的で乗車してるとみなされるからだろう。
まあ、仕方ないといえば仕方ない。